福岡地方裁判所 昭和51年(行ウ)24号 判決 1977年12月23日
原告 今永キミ子
被告 国
訴訟代理人 中野昌治 諸岡満郎 ほか四名
主文
1 原告と被告との間において、昭和四九年七月一八日付訴外今永公男から原告に対する別紙物件目録記載の土地の贈与を課税原因とする昭和五〇年三月一一日付申告に基づく金一一七八万三三〇〇円の贈与税債務及び右贈与税債務の延納許可に伴う合計金二三三万二〇〇〇円の利子税債務は不存在であることを確認する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文1項同旨
2 被告は原告に対して別紙目録記載の土地につき、福岡法務局昭和五〇年一〇月一七日受付第三三六一六号による抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求はいずれもこれを棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告の実兄訴外今永公男(以下公男という)は、別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を所有していたが、その妻今永節子(以下節子という)と不仲となり、同女より昭和四九年五月頃離婚及び財産分与、慰謝料等の請求を受けたことから、本件土地の所有権者の登記名義を他に変えておいた方が節子との離婚問題の交渉上有利であると考え、実母の訴外今永キミエ(以下キミエという)と協議のうえ、節子との離婚問題が解決するまでの間、一時本件土地の所有名義を原告に変えることにし、キミエにおいて保管していた原告の実印を使用して、福岡法務局昭和四九年七月二二日受付第二六一一〇号をもつて同年七月一八日売買を原因とする公男から原告に対する本件土地所有権移転登記を経由した。
2 公男及びキミエは、いずれも税務関係の知識に乏しく、本件土地所有者の登記名義を公男から原告へ移転させたことに関し原告名義で贈与税の申告をしたとしても、後日錯誤があつたとして本件土地の所有権者の登記名義を原告から真実の所有権者である公男に戻し、その間の事情を税務署の係官に説明すれば、原告は贈与税の支払いを免れ、また、そのための手続も簡易であり、原告に対しては何ら迷惑をかけずに済むと安易に考え、キミエにおいて前記原告の実印を使用し原告に無断で原告の名義で、昭和五〇年三月一一日博多税務署長に対し、原告が公男より本件土地の贈与を受けたことを課税原因とする一一七八万三三〇〇円の贈与税の申告を行い、同時に右贈与税額のうち一一七八万円につき延納許可の申請をした。
3 右贈与税延納許可申請は昭和五〇年一〇月一四日、博多税務署長により、後日本件土地に抵当権を設定することを条件に許可されたが、その内容は昭和五一年から同五五年までの間五回の分納を認め、各回の分納期限が毎年三月一五日、分納税額が各回均等の二三五万六〇〇〇円、延納による利子税が五回分合計二三三万二〇〇〇円というものであつた。
4 その後キミエは、原告に無断で前記原告の実印を使用し原告を債務者、被告の機関である大蔵省を抵当権者、延納申請した贈与税額一一七八万円及び延納による利子税額二三三万二〇〇〇円の合計一四一一万二〇〇〇円を被担保債権として本件土地に福岡法務局昭和五〇年一〇月一七日受付第三三六一六号をもつて抵当権設定登記手続きを行つた。
5 原告は、実母であるキミエと二人で肩書住所地に居住しているが、福岡市内のミハル通信株式会社に事務職員として勤務していることから、日頃キミエと接する時間が短かく、またキミエも原告に無断で行つた前記一連の行為について言及することを意識的に避けていたため、原告は、最近に至るまで、キミエと公男が協議のうえ本件土地の登記簿上の名義を公男から原告に変えたこと及びキミエが原告の名義で前記贈与税の申告を行い、かつ右贈与税の分納許可申請を行つたことにつき全く知らなかつた。
6 右のごとく、公男と原告の間では本件土地の贈与契約は成立していないので、そもそも贈与税の課税原因が存在しないばかりか、博多税務署長に対する前記の原告名義による贈与税の申告及び右贈与税の延納許可申請は、キミエが何らその権限を有しないにもかかわらず原告に無断で行つたものであるから、結局原告の意思に基づく贈与税の申告及び右贈与税の延納許可申請は存在しないことになるというべきであり、従つて、原告は被告に対し、昭和四九年七月一八日原告が公男より本件土地の贈与を受けたことを課税原因とする昭和五〇年三月一一日付原告名義による贈与税申告に基づく一一七八万三三〇〇円の贈与税債務及び右贈与税債務の延納許可に伴う合計二三三万二〇〇〇円の利子税債務を負担していないものである。
7 なお、本件土地には、前記のとおりの抵当権設定登記がなされているが、前述のごとく右抵当権の被担保債権は存在しないばかりか、右抵当権の設定登記手続はキミエがその権限を有しないにもかかわらず原告に無断で行つたものであるから、右抵当権設定登記は実体を欠く無効のものである。
よつて、原告は、右租税債務の存しないことの確認を求めるとともに、本件土地につき、所有権者としての登記名義を有する者として、被告に対し右抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1 第1項について
本件土地が公男の所有名義となつていたこと及び本件土地について原告主張のとおりの所有権移転登記がなされたことは認めるが、その余は否認する。
2 第2項について
キミエが昭和五〇年三月一一日博多税務署に出頭して、原告が公男より本件土地を受贈したことを原因とする一一七八万三三〇〇円の贈与税の申告を行い、贈与税額のうち一一七八万円について延納許可の申請をしたことは認めるが、右行為をキミエが原告に無断でなしたことは否認し、その余は争う。
3 第3項について
認める。なお、延納許可申請についての許可は昭和五〇年一〇月一六日に原告に送達されている。
4 第4項について
キミエが原告に無断で原告の実印を使用したことは否認し、その余は認める。
5 第5項について
原告とキミエが二人で肩書住所地に居住していることは認め、その余は不知。
6 第6項について
争う。
7 第7項について
本件土地につき原告主張のとおりの抵当権設定登記がなされていることは認めるが、その余は争う。
三 被告の主張
1 本件贈与契約の経緯
本件土地は、原告の兄公男がその父今永亘から贈与を受けたものであるが、公男には昭和四九年頃より節子との間に離婚問題が起り、公男に慰藉料等の支払をする意思が全然なかつたため、節子が家庭裁判所に離婚の調停を申し立てるにいたつたところ、公男及びその母キミエは、本件土地が公男名義のままでは離婚調停において節子からの財産分与、慰藉料等の請求を拒みされないと考え、原告に贈与することを思いたち、そこで昭和四九年七月一八日公男と原告の間で本件土地の贈与契約がなされ、同月二二日、同月一八日付売買を原因とする所有権移転登記がなされたものである。
そして、公男は、離婚調停において本件土地の所有権移転は有効なもので、仮装ではない旨を強く主張し、節子からの財産分与や慰藉料の請求を拒否したため、離婚調停は不調に終り、現在訴訟となるにいたつている。
2 本件贈与税の申告、延納許可及び担保提供の経緯
キミエは昭和五〇年二月一七日博多税務署に任意出署し本件土地についての納税相談を求めたので、係官下村努が相談に応じたところ、キミエは、本件土地の所有権移転の原因は登記簿上売買となつているが、実際には何ら金銭の授受は行なわれていない旨申し立てたので、右下村は、本件土地所有権の移転についての贈与税について説明するとともに、本件土地に対する評価額及び税額をも計算して提示し、更に、申告前に元の公男名義に戻せば贈与はなかつたものとなるから、本人らとも十分検討して改めて出署するよう指示した。
同年三月一一日、キミエが原告の使者として再び博多税務署に出署したので、係官山野記代司が応対したところ、キミエは、家族とも話し合つた結果どうしても原告名義にしておきたいし、元に戻す考えもないが、評価額が少し高いので何とかしてほしい旨述べたので、右山野は、分割納付にするよう勧めたところ、キミエは、贈与税延納申請書兼徴収猶予申請書を提出した。
そこで、延納の申請を認める場合には担保を提供させねばならないため、博多税務署長は昭和五〇年九月二三日原告より本件贈与税の担保として本件土地の供与を受け、同年一〇月一四日に延納許可を決定し、同月一六日右決定を原告に送達し、同月一七日抵当権設定登記を経由したものである。
3 本件贈与契約、贈与税申告及び担保供与の有効性について 前述したように本件贈与契約、贈与税申告行為及び担保供与行為は原告自身ないしは原告の使者としてのキミエがなしたもので、何ら瑕疵を有するものではない。
原告は、本件土地の所有名義を原告に変えたのは、訴外公男の離婚問題の交渉を有利とするために公男とキミエが協議のうえ、離婚問題が解決するまでの間一時の便宜的措置としてなしたものにすぎない旨主張するところ、その趣旨は、公男には真実本件物件の所有権を移転する意思はなかつたこと、キミエには原告を代理する権限がなかつたことを言わんとするにあるものと思われる。
しかしながら、公男に本件土地の所有権を移転する意思がなかつたとの点は、もし本件名義変更が仮装のものであれば、離婚交渉においても仮装である旨主張され、公男にとつて何ら有利なものとはならないはずであつて真実の所有権移転があつてはじめて、公男にとつて自己には財産がない旨を主張しうるのであるから、離婚交渉を有利にするためということは、むしろ真実所有権移転の意思があつたことにつながるのである。
また、キミエに原告を代理する権限がなかつたとの点は前述したしように本件贈与は原告自身(ないしその使者としてのキミエ)によつてなされたのであるから、失当といわなければならない。
仮に百歩を譲つて、本件名義変更の際、原告がそのことを知らなかつたとしても、その後原告は、キミエの行為を追認していたものといわなければならない。即ち、原告は当時既に二八才で十分に分別を有する年齢であること、キミエとは同一家屋で生計を一にしていたこと、本件担保供与の際に提出された担保提供書、抵当権設定登記承諾書には原告の実印が捺印されていること等からみて、本件名義変更を知つていたものといわざるをえないうえ、原告は、本件名義変更を知つてからも何ら異議を述べていないのであるから、母キミエの無権代理行為を追認していたものというべきである。
加えて、現在に至るも本件土地の登記簿上の所有名義は原告のままであるが、もし本件名義変更が仮装であるとするならば、何故に原告は公男名義に登記名義を回復する処置をとらないのであろうか。原告から公男への真正な登記名義回復の登記は、原告と公男との共同申請で可能であるにもかかわらず、本訴により抵当権のみの抹消を請求しているのは、公男の離婚問題の方では本件土地を原告のものであると主張して財産分与等を有利に取り運び、他方、課税に対する関係では本件土地は公男のものであるして課税を免れようとするものにほかならず、その主張は全く矛盾したものといわなければならない。
なお、本件贈与税中告行為、担保供与行為も、前述したように原告自身(ないしその使者としてのキミエ)によつてなされたものであるが、仮に原告主張のように、原告の知らない間になされたとしても、前述の贈与契約の場合と同様の理由で、原告はキミエのなした無権代理行為を追認したものといわざるを得ない。
四 原告の反論
1 原告は、キミエのなした本件贈与契約、贈与税申告及び担保供与行為を追認したことはない。
2 本件土地の所有名義が現在も原告のままとなつている点については、原告が本訴を提起するに当り原告の母キミエが原告への登記名義回復の処置をとるべく司法書士に相談したこともあるが、本件の場合既に被告の抵当権が設定されていることから真正な登記名義の回復は困難であると説明を受けたうえ、仮に右登記手続をなしたとしても直ちに本件贈与税債務を免れうるものではなく、逆にそのことを原因に新たに税金を課される不安があつたため、原告名義のまま現在にいたつているものである。
第三証拠<省略>
理由
一 本件土地は、もと公男の所有名義になつていたところ、昭和四九年七月二二日福岡法務局受付第二六一一〇号をもつて昭和四九年七月一八日売買を原因とする所有権移転登記がなされ、公男から原告の所有名義になつたこと、キミエが昭和五〇年三月一一日博多税務署に出署し、原告が公男から本件上地贈与を受けたことを原因とする一一七八万三三〇〇円の贈与税の申告を行い、右贈与税額のうち一一七八万円について延納許可申請をしたこと、右贈与税延納許可申請は同年一〇月一四日博多税務署長により本件土地に抵当権を設定することを条件に許可されたが、その内容は昭和五一年から同五五年迄の五年間五回の分納を認め各回の分納期限を毎年三月一五日、分納税額を各回均等の二三五万六〇〇〇円、延納による利子税額を五回分合計二三三万二〇〇〇円とするものであつたこと、その後キミエは原告を債務者、大蔵省を抵当権者、前記延納にかかる贈与税額一一七八万円及び延納による利子税額二三三万二〇〇〇円の合計一四一一万二〇〇〇円を被担保債権として本件土地に福岡法務局昭和五〇年一〇月一七日受付第三三六一六号をもつて抵当権設定登記手続をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 次に、右贈与税の申告及び右贈与税延納許可申請行為の効力について判断する。
公男と原告は実兄妹の関係にあり、その実母がキミエであることは当事者間に争いがないところ、<証拠省略>によると、公男の妻節子は、昭和四六年八月福岡家庭裁判所に対し公男の不貞を理由に夫婦関係調整の調停申立てをしたが、公男が調停に応じないため右申立てを取下げ、その後、当庁に公男を被告として離婚等請求の訴え(昭和五〇年(タ)第一一号離婚等請求事件)を提起したこと、公男は右訴訟において多額の財産分与及び慰藉料の請求をされていたため、本件土地の所有名義を他に移転しておかなければ本件土地を節子に譲らねばならない結果となることをおそれ、母キミエと相談のうえ、本件土地を公男から原告に譲渡したように仮装することとし、キミエにおいて自己か保管していた原告の実印を原告の知らない間に勝手に使用して本件土地の公男から原告への所有権移転登記手続をしたこと、その後右土地譲渡につき税金の納付が問題となるや、キミエは原告に内緒で博多税務署に行き前記のような所有権移転登記の経緯を説明したうえ、結局、原告に無断で原告名義による本件贈与税の申告及び贈与税延納許可申請をなし、更に原告の実印を勝牛に使用して本件抵当権設定登記手続をなしたこと、そのうえで、公男は前記離婚訴訟において本件土地は原告に贈与したから自己所有の不動産はない旨主張するに至つたこと、原告は本件土地が右のような経緯で自己の所有となり、多額の贈与税等を納付しなければならない立場にあることを昭和五一年夏頃キミエから打ち明けられて始めて知つたこと、以上の各事実を認めることができ右認定を左右するに足りる証拠はない。また、被告は、仮にキミエが権限なく原告を代理して公男との間に本件土地の贈与契約をなしたものとしても、原告は後日キミエの右無権代理行為を追認した旨主張するが、本件全証拠によるも右追認の事実を認めるに足る証拠はない。
以上によれば、本件贈与税の課税根拠たる公男、原告間における本件土地贈与の事実は存在しなかつたことが明らかであるから、キミエがなした本件贈与税の申告は納税義務を確定させる効力を生ずるに由ないものと解するはかなく、本件贈与税及びその利子税にかかる租税債務不存在確認を求める原告の請求は理由がある。
次に原告は、右租税債務を被担保債権とする前記抵当権設定登記の抹消登記を求めているので案するに、右被担保債権の存在が認められない以上、本件抵当権は無効というべきである。
しかしながら、前認定の事実から明らかなように、原告はその不知の間に本件土地の所有名義者とされていたにすぎず、実体法上本件土地について何らの権利を有しないのであつて、本件抵当権設定登記が存在することは原告の利害に何ら影響を及ぼすものではないから、原告は被告に対し右抵当権設定登記の抹消登記手続を請求する権利を有するものではないと解すべきである(本件土地の原告への所有権移転登記の抹消登記を申請するに際し、登記簿上利害関係を有する被告の承諾を得れば足りるものである。)
以上の理由により、原告の本訴請求は、贈与税債務及び同利子税債務の不存在確認を求める部分は正当として認容すべきも、抵当権設定登記の抹消登記手続を求める部分は失当として棄却すべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 南新吾 小川良昭 辻次郎)
物件目録<省略>